江戸時代の人も血液サラサラをめざしていた!?

MC-FANによる血液流動性の画像がテレビなどで広く紹介され、あっというまに日本中が「血液サラサラ」ブームになりました。しかし、よくよく考えると、血液の循環がよくなければ、全身のよくない症状が改善されて長生きできる・・・という健康の概念は、ずっと昔からあったはずです。
『江戸時代人は薬が大好き。派手な看病で商売合戦』
江戸いちばんの繁華街であった通町ー現在の日本橋通りーの商店街と、そこを行きかう買い物客と行商人、屋台などがぎっしりとところ狭しとありました。商店街には荒物屋、八百屋、魚屋、さらには雛人形の臨時店舗まで、さまざまな商売を営む店があり、その中に生薬を扱う薬種問屋が9軒もあるのが気になるところです。これらの薬種問屋は、当時「本町三丁目」と呼ばれていた地域で、現在の日本橋本町三丁目付近です。このあたりには、今も大手の製薬会社が集まっていて、大阪の道修町と並んで江戸時代から歴史のある薬屋さんの街だったことがわかります。薬種問屋はどの店も派手な看板をかかげていて、「かぜ一切によし いわしやぬり薬」「わきがの妙薬」など、薬の名前が大きく書かれています。
『現在も処方されている江戸の血液サラサラ薬』
薬種問屋の中に、「小西林兵衛」という屋号の店がありました。「薬種」「解毒」「六味地黄圓」といった看板に混じって「順血湯」という屋根付の立派な立て看板がありました。「順血湯」は文字通り血液の循環をよくする効果があり、現在も漢方薬として用いられているものです。
 そう、江戸時代の人々も、血液サラサラのほうがいい!と知っていて、そのための生薬が売られていたのです。突然始まったように見える「血液サラサラ」ブーム、じつは200年も前から庶民のあいだで流行していたのです。

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